日本総合格闘技界の黎明期を引っ張ったプロレスラー 桜庭和志 藤田和之 田村潔司

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1:名無しさん@恐縮です 2020/04/16(木) 22:02:55.08 ID:KhlrGG799

日本格闘技界の歴史的一戦である、2000年5月1日に行われた「PRIDE GRANDPRIX 2000 決勝戦」での桜庭和志vsホイス・グレイシー戦から20年の時がたった。  

まるで喧嘩のような何でもありの総合格闘技ルールでは、何となく「日本人は弱いのでは?」という思い込みがあった人が多かったと思うが、この一戦を含めその考えを見事に覆してくれたのが桜庭だった。

この一戦から総合格闘技に興味を持つ人が一気に増えたが、黎明期の総合格闘技界はヒクソン・グレイシーとの激闘を繰り広げた高田延彦らプロレスラーがけん引したのは間違いない。  
そこで今回はプロレスラーから総合格闘家に転身し、「プロレス強し」をアピールしたファイターたちを振り返りたいと思う。  


まず、最初に挙がるのが前述した桜庭だ。
総合デビューから主にPRIDEのリングで戦い、無効試合や時間切れの引き分けを挟みながら、9連勝を記録。
その中の勝ちには当時MMA界で最強勢力でもあった“グレイシー一族”のホイラーとホイスも含まれる。
その他にも、ともに後のUFC王者となるビクトー・ベウフォートとカーロス・ニュートンも倒しており、このことからも桜庭が当時のMMA戦線でトップクラスの実力を誇っていたが分かるだろう。  
97年の12月に行われた「UFC JAPAN」のヘビー級トーナメントで王者となった際には「プロレスラーは本当は強いんです」という名言も残し、“プロレス最強論”を信じるファンを熱狂させた。 (中略)


桜庭の次に名前を挙げたいのは「猪木イズム最後の闘魂継承者」と言われた藤田和之だ。
藤田は桜庭同様にレスリングがベースでタックルの技術なども素晴らしかったが、総合格闘家というよりもこれぞプロレスラーといった“野獣”のような肉体もプロレスファンにとってはたまらなかった違いない。  
桜庭と同じく、当時の世界トップファイターたちと激闘を繰り広げ、戦績は18勝14敗。「PRIDE GRANDPRIX 2000 決勝戦」では、桜庭のホイス撃破とともに「霊長類ヒト科最強」と呼ばれた強豪マーク・ケアーを判定で下し、格闘技人気に火が付くキッカケを作ったといっても過言ではない。  (中略)


その他ではヘンゾ・グレイシーを判定で下し“グレイシー狩り”に成功した田村潔司も、MMA黎明期から活躍したプロレス出身のファイターだ。
総合格闘技がメジャーになる前からフランク・シャムロック、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラといった強豪と戦い、戦績は48戦して33勝13敗という記録を残した。桜庭とは違い“無骨”なファイトスタイルでエンターテイメント要素は少なかったが、田村も間違いなくプロレス強しを印象づけたファイターである。

 (中略)

このように総合格闘技の黎明期を引っ張ったのは間違いなくプロレス勢だった。

今では競技としての地位を確立し、どの選手は初めからMMAファイターになることを目指しトレーニングするケースが多くなったが、かつては“異種格闘技戦”の意味合いもあった総合格闘技で存在感を放ったプロレスラーたちの功績は計り知れない。(全文は以下リンク先参照)

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200416-00000005-sasahi-fight&p=1



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