【Bu et Sports de combat】なぜ武術空手に型の稽古は必要なのか─02─サンチン01「根幹となる呼吸」

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Sanchin【写真】松嶋こよみのサンチンの最初の流れ (C)MMAPLANET

型、中国武術の套路をルーツとされるなか沖縄で手の修得に用いられた。それが空手の型だ。元々は一対一、あるいは極小人数で稽古が行われていた型は、明治期に入り空手が体育に採用されることで、集団で行う体力を養う運動へと変化した。

型を重視する剛毅會の武術空手だが、岩﨑達也師範は「型と使って戦うということではない」と断言する。自身の状態を知り、相手との関係を知るために欠かせない型稽古を剛毅會ではサンチンから指導する。

なぜ那覇手のサンチンから型を学ぶのか。そしてサンチンが持つ意味とは何なのかを今回から探っていきたい。

<なぜ武術空手に型の稽古は必要なのか─01─はコチラから>


──今、空手界には多くの型が存在しています。

「剛毅會で取り入れているのは、5つです。サンチン、ナイファンチン、クーサンクー、パッサイ、セイサンですね。5つの型を稽古していますが、求めているのは1つだけなんです」

──それもどういうことなのでしょうか。5つの型を稽古して、求めているモノは1つというのは。

「勉強をしているのは、ある法則性なんです。サンチンでは全ての根幹になる武術の呼吸を、ナイファンチンでは戦い方の基本を、クーサンクーでは四方に対する戦い方を、パッサイでは途切れることない技の流れを、セイサンでは究極の一挙動を学びます。

これからどういうことなのかは、これから説明していくことになりますが、この5つの型を稽古して、求めるものは一つ、原理原則なのです。

だからサンチンでやっていることが、ナイファンチンだったり、ナイファンチンで要求していることをクーサンクーでやったり。最後にセイサンをやって、そこでサンチンが理解できることがある。だから、5つの別々の型をやっているのではなく、1つのことを追求するのに5つの手段をこうじているということなんです」

──1つのことを求めるのに、なぜ稽古する型はその5つに絞られたのでしょうか。

「型はもう本当に色々なモノがあり、私がやる武術空手と系統が違うモノが山ほどあります。その多くが日本に入ってきて、整備された後の型なんです。そして私がこの5つの型を続けているのは、〇〇流の型だとか、〇〇先生の型ということではなく、MMAのなかで自分自身の組手が変わったのが、この5つの型があったからなんです」

──組手が変わったというのは?

「まぁMMAだろうが、私は空手家だから組手です。それまで20年間変わらなかったものが、ある日急に変わりました。『これは何だろう?』となりましたね……。それ以前は型に何かがあるというのは全く思いもしていなかったです。型をやらされていて……いみじくもやらされていてと発言をしましたが、そういうものだったんです。型が組手にどうつながるのか、全く学んでいなかったです」

──組手と型はまるで別物だと。

「ハイ。本当に別物でした。昇段審査のためにやる。伝統派空手の型競技とも違いますし、自分がやってきた型も組手には関係なかったです。だから、今では格闘技と武術は違うと言っていますが、自分自身のなかでは組手で勝つために型をやりました。

それは松嶋こよみが型の稽古をする理由とは違うかもしれない。ましてや格闘技をやっていない人が、ヨガのように健康法として型をやるのとも目的は全く違うでしょう。ただし、自分の状態を知ることと、他との関係を知るという真理は格闘技にも、健康のためにも役立つことです」

──沖縄空手には那覇手、首里手、泊手が存在していましたが、サンチンは那覇手、ナイファンチやクーサンクーは首里手や泊手。そのなかで岩﨑さんはサンチンから、まず稽古をします。

「別にナイファンチからやっても良いと思います。ただし、私が習った順番がサンチンからだったので、その順序で指導しているということです。系統的にいえるのは、私のやっているサンチンは那覇手の東恩納寛量(ひがおんな・かんりょう)先生のサンチンです。その後、教え子の宮城長順先生が剛柔流空手を開きましたが、私が習ったのは東恩納寛量先生のサンチンだと聞いています」

──剛柔流でないということは……つまり。

「弄られていないモノですね」

──東恩納寛量のサンチンが残っていたというのが、凄いことですね。それはいつ頃の話になりますか。

「15年ぐらい前ですかね。とにもかくにもサンチンでした。だからサンチンから指導する。これは私の感覚なのですが、そもそも私が習った先生から、『空手という武術の稽古は、那覇で鍛え、首里で使う』という沖縄に伝わったとされる言葉を教わりました。

空手を学ぶにしても、どういう体質なのか、どのような人間なのかでそれからは決まってきます。だから素材を理解せずに、使い方だけ覚えても限界があります。サンチンで自分という素材を把握して、なおかつ開発していくのです」

──5つの型を稽古して、一つのモノを求めるということですが、サンチンが基礎、根幹をなすということですか。

「根幹になる呼吸ですね。型の基礎、根幹ではなく。どのような畑でどのような作物を作っていくかということに近いかもしれないですね。これもいずれ詳しく説明しますが、武術には口からの呼吸とカラダの呼吸があります。

サンチンでは口からの呼吸を通してカラダの呼吸を学びます。呼吸は農作における田畑や気候などであり、それにより出来上がる作物こそ、武術でいうところの技になります。サンチンによって、技は当然変わってくるんです。そして呼吸は突き詰めれば詰めるほど深く、強くなっていいきます。その呼吸により養われる破壊力は、加齢に関係なく上がっていくという実感があります。

これも私の考えですが、エビ、ヒップエスケープが仮に寝技の根幹だったして柔術や柔道に存在するとします。それは柔道や柔術をやる人にとっての基礎ですよね。ゴルフや野球にも、そういう根幹があるでしょう。

でも、それはゴルフや野球をやらない人には関係ないです。エビは柔道や柔術をやらない人には関係がない。でもサンチンをやっていると立ち方から、自分の動き、その癖を理解できるようになります。サンチンとは柔道や柔術をする人達、野球やゴルフをやる人々にも役立ちします。つまりは空手、MMA、格闘技をやろうがやるまいが、型を学んで損はないということなんです」

<この項、続く>

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